生まれて初めて夢中になるアーティストは誰でしたか。私はチェッカーズでした。
好みが少しおませさんだったかも知れません。テレビっ子だったので。
「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」か「とんねるずのみなさんのおかげです」か、その両方か、
番組の合間に歌手が歌うコーナー入ったりしていましたよね?
そこでチェッカーズを見れるときは大興奮でラジカセで録音したりしていました。
自慢じゃないですけど、香川県はキー局すべて映りました。
私の実家は香川でも田舎の方なのですぐに音楽にありつける場所ではなかったです。
父を無理矢理(めんどくさがる)引っ張って車に乗せてもらい、カセットテープを売っているような店に連れて行ってもらうしかなかったです。(すでにCDも売っていた?)
ただ小学校低学年の私はコンサートに行く発想は無かったので実際にライブに行ったのは中学校になってからでした。
そのライブ、私も行ったよ!という方、一緒にノスタルジーに浸りましょう。
人生で初めて行ったのがこのスピッツのライブです。当時中学生(受験生)で「図書館で勉強する」と親に嘘をついて家を出たのを覚えています。
草野マサムネさん、「観音寺(かんおんじ)」のことを「かんのんじ」と言い間違えていました。
あと、電信柱に全部「灸まん」って書いてある、と言っていて笑いました。香川県の名物和菓子のことです。
たしかに香川の道路を走っていると灸まんと書かれた電信柱が連続するところがあります。
中学の友達三人で行ったキラキラの楽しいライブでした。
レオマワールドは当時色んなアーティストが来ていました。
ホフディランとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTとサニーディ・サービスが同時に来たこともあったと思います。(行けなかった!)
横浜銀蝿にハマった時もレオマでライブがあり、見に行って盛り上がりました。
その後レオマにアーティストが来るという話はあまり聞かなくなりさみしかったです。
私は小学校高学年あたりからB’z狂いになりました。兄が親の車にいつもB’zのカセットテープを入れていたので自然と好きになりました。
B’zの「Easy Come,Easy Go!」という曲がありますが、父がEasyComeEasyGo~♪のところを聞くと毎回「みじかみじか~っ♪か!変な歌やのぅ」と茶化すのでイライラしたのを覚えています。
中学に入ると徐々にダウンタウンが自分の中で大きくなり高校では他のバンドが気になり、B’zへの思いは消えかけていました。
しかし高校で出会ったB’z狂いだった友人(B’zのラジオを聞くために自宅の屋根に上って電波を拾っていた)が誘ってくれて香川から岡山まで行きました。
そういえば私もB’zのラジオを聞くために夜中親の車の中で過ごしたりしていました。車の方が家より聞きやすくなかったですか?!
もちろんファンの間ではおなじみ、稲葉氏の実家の化粧品店へも行きました。そして記念品としてピエヌ(ピエヌて!なつかし)の化粧品を何か一つ買ったと思います。高級品なので一番安いものを選びました。
店内は混んでいたのですが、稲葉母は気さくで昔のアルバムなどを見せてくれました。
ここで不思議なのは私は実物のB’zをライブで見て興奮した!と記憶しているのですが、チケットにはVIDEO-GYMと書いてありますよね。どういうことでしょう。しかも1,000円。
ビデオ上映だったの…?
人の記憶はいい加減ですね。一緒に行った友人に確認しても同じ反応です。本物見たよ、ね??
当時タワーカウントダウンという音楽番組があり、その中で紹介されたブランキージェットシティを一目見て心奪われました。アルバムを買って(この頃もまだ父にCD屋に連れて行ってもらっている)ますます好きになりました。
父がいちいち「ほー!タイガージェットシンか!」と茶化してきてイライラしたのを覚えています。
まず岡山の会場に着いて衝撃だったのが悪そうなヤツの多いこと!だいたい友達なんでしょうか。金髪モヒカン、革ジャン鋲ジャンで溢れていました。
みんなブランキー好きなんだなぁ、と思うと怖くなかったです。ライブ中にマナーの悪さも見られませんでした。
生ブランキーを見れて大興奮のライブでした。
また7月に行っていますね。今度は広島まで行っています。こちらもヤンチャそうな方々がたくさんおられました。
岡山と同じく広島のライブも素晴らしかったです。
ダウンタウンの「HEY!HEY!HEY!」にブランキーが出たことがありましたよね。私にとって夢の競演だったのでよく覚えています。
「FACTORY」というテレビ番組もありましたよね!ブランキーしかり、普段テレビでは見られないバンドが多く出演していました。
録画したVHSを全て処分してしまって今も後悔しています。断捨離も後悔することあるんですね。
また好きなバンドがレオマに来てくれました。しかもGRAPEVINEとトライセラトップスを同時に見れました。
一緒に行ったのは年上のセンター分け青年でした。友人とバンド募集の掲示板(楽器店によくあった)を見て連絡を取った人です。その人と友人と3人で行きました。あまり会話することもなくライブが終わると解散しました。
お互いに一緒にバンドするのは「違う」と感じたのでしょう。
その後も誰ともバンドを組むことはなかったですが。
GRAPEVINEもトライセラトップスも聴きたい曲を聴けて楽しいライブでした。
トライセラトップスは「Raspberry」「彼女のシニヨン」「マスカラ&マスカラス」など演奏していたと思います。
今聴いてみると一気に十代の自分に引き戻され、テレるようなキュンとするような苦しいような感覚になります。
それが心地よくてしばらく夢中になります。
このGRAPEVINEのライブが私のオリーブホールデビューです。実家は香川の田舎なので私にとっては高松市のオリーブホールはいかにも都会的なライブハウスでした。
アルバム「退屈の花」の曲を聴くことができました。「君を待つ間」とか矢野顕子の「ひとつだけ」にインスパイアされた「1&MORE」とか好きでした。このアルバムの曲全部好きだったなあ。
聞き直してみます。
音楽話も楽しいですね!また2000年以降も思い出のライブをアップしていきたいと思います。
最後まで読んで下さりありがとうございます。